統計データを駆使した野球の新理論 (尾上正人)
- 2010/02/23
- 尾上正人
送りバントも盗塁も敬遠も厳禁!〜統計データを駆使した野球の新理論〜 (尾上正人)
今年は冬季オリンピックにW杯サッカーの年ですが、プロスポーツ観戦ではあなたは野球派ですか、それともサッカー派ですか?私は、子どもの頃にはまだJリーグが発足していなかったこともあり、基本的に野球派です。野球の、サッカーなどと違う観戦の醍醐味としては、
- チーム競技にもかかわらず、投手と打者の「1対1」の勝負が不可欠の要素になっている(サッカーでもPKという例外的な場面はありますが)
- 打撃/守備/投球、チーム/個人の豊富なデータが蓄積・公開されている
このデータ蓄積という点に関しては、サッカーでもシュート成功率やボールの支配率などがありますが、豊富さの点では野球と比べものにならないでしょう。野球においては、ゲームが攻撃・守備に分かれて比較的ゆったり進むことや、分業(打順やポジション)が明確であること、選手の動く範囲が極めて狭くて動きも規則的であること(野球は実は「汗をかかない」スポーツなのです!)などが、データの収集や蓄積を容易にしていると思われます。
さて、その野球のデータ。選手個人をとっても打者は打率・打点・本塁打・犠打数さらには勝利打点や得点圏打率等々、投手では勝敗数・防御率・セーブに球のスピード、与四死球数など数かぎりなくあって、いろいろ比較して楽しめるというのはあるのですが、いったいどれがどのくらいチームの勝敗に影響を与えているのでしょうか?また、各球団の至上命題が勝ち星を増やして負けを減らすことであるのが当然ならば、それに照らしてこれまでの選手評価の方法は妥当であると言えるのでしょうか――
1970年代、無類の野球データ好きであったビル・ジェームズという米国の若者をとりこにしたのは、例えばこのような疑問でした。彼は大学経済学部を卒業後、警備員になって深夜のビルにこもりながらメジャーリーグの膨大なデータの統計分析を行い、その成果を何冊かの自費出版で世に問いました。その結論の多くは野球界で当然とされてきた常識(いわゆるセオリー)を覆す内容でした。
球界からは長い間黙殺されたようですが、次第に賛同者が増えてゆき、またジェームズに続く優れた分析者も現れて、こうした統計データを駆使して野球の戦術や選手評価法を考え直す在野の流れは、「セイバーメトリクス」と呼ばれるようになりました(セイバーは全米野球研究協会の略、メトリクスは計量法)。そして21世紀に入るとついに、オークランド・アスレチックスのゼネラルマネージャー(GM)になったビリー・ビーン氏がこの新理論を大々的にチーム運営に取り入れて快進撃を続けたことで、セイバーメトリクスは一気に表舞台に躍り出ました。その後では、現在松坂選手の在籍するボストン・レッドソックスや、日本ではバレンタイン監督時代の千葉ロッテ、さらには岡田阪神なども、戦術・采配がこの理論の影響を受けていたと言われることがあります。
セイバーメトリクスの祖ジェームズが独創的であったのは、野球を「アウトの価値」が最も重要な意味を持つ競技ととらえたことです。サッカーやバスケなど他の主要な球技と違って「試合時間に制限が無い」という顕著な特徴を持つ野球においては、アウトを27個取れば試合は終了、逆に言えば27個取られないかぎりは負けることはありえません(雨天コールドを除く)。したがって、攻撃側からすれば「アウトを増やさない」という一見消極的な戦術が最も有効であるということになります。
ジェームズは、この「アウトの価値」という観点から、従来当然とされてきた戦術群を統計的に検証していったところ、それらを否定する意外な結論を次々と導き出すことになりました。以下、セイバーメトリクスの非常に有名になった命題のみをいくつか紹介します――
- 打者は送りバントをしてはいけない!
アウトを必ず1つ増やしてしまうから。統計的には、打たせた場合よりも走者を進める確率は高いが、アウトカウントを損してしまうため結果的に得点成功率ではヒッティングに劣ることが判明。
- 走者は盗塁をしてはいけない!
メジャーリーグの盗塁成功率は約7割だそうですが、逆に言えば失敗率が3割。アウトが増えてしかも走者がなくなる確率が30%もあるような危険な戦術はとってはいけません。
- 打順は最強打者を4番ではなく「2番」に!
ふつう、1試合の中での打席数が4番よりも多く、しかも初回は走者(1番打者)が出てから回ってくるかも。
- 投手は敬遠をしてはいけない!
アウトが取れないばかりか、走者を増やして得点される確率を増やしてしまいます。常に勝負!
- クローザー(抑えの切り札)は、同点か僅差ビハインドの7回か8回に投入すべし!
例えば2点リードしていて、敵の攻撃9回無死走者無しの状態から自軍が勝つ確率は実に9割を超えるそうです。そんな楽な状況で「大魔神」のような有能なクローザーを投入するのは非常にもったいないということです。
セイバーメトリクスは、従来の選手の評価基準にも異議を唱えてきました。
バッターの3タイトルの1つである「打点」の多い少ないは、自分の前に走者がいたかどうかという打者と関係のない偶然的な要因に左右されてしまいます。それよりも、出塁率や長打率(塁打数÷打数)の方が勝利への貢献という点では重要ではないのか?さらに、出塁率と長打率を比較したところ、「出塁率」の方が得点への貢献度が3倍も高いという分析結果も出ています。ここからセイバーメトリクスは、ヒットと同様に出塁できるフォアボールを選ぶ能力を示す「被四球数」を非常に重視します。安打数や打率はフォームの改造などの指導で上げることができるが、「選球眼」はほぼ生まれつきのものだという興味深い説も唱えられています。
投手の能力はどのように評価するか。上記の四球を与えないコントロールの良さはもちろん重要ですが、ではヒットを打たれないことは本当に大事なのでしょうか?セイバーメトリクスの一部の論者は、ホームラン以外のフェア打球は投手に責任はない、つまりただの「運」であるという驚くべき主張をしています。確かに私たちは、ヒット性の当たりが野手の正面でキャッチされてしまった時には「飛んだところが悪かった」、逆にポテンヒットに対しては「打ち取ったのに…」と悔しがったりします。バットから離れて飛んだ打球はどこに飛ぶかわからないし、アウトにできるかどうかはフェンスを越えないかぎりは投手よりも野手の守備力と「運」に依存している、と考えるわけです。
私の見るところでは、セイバーメトリクスの非常に面白いところは、データ分析を最重要視しながらもむしろその結果として、「組織野球」や「機動力野球」をおおむね否定し去った点にあります。送りバントや盗塁はご法度、フォアボールでもいいからなるべくアウトにならずに走者をためて、打者は球をよく選んで打つだけですから当然そうなります。その点で、日本で今も評価の高い「野村ID野球」とは似て非なるものです。2005年のパリーグ・プレーオフのロッテ対ソフトバンク戦において、ロッテ1点ビハインド8回無死1・2塁からバレンタイン監督がバントをさせずにあくまで打たせ続けた采配(結果オーライで勝利)に対して、野村克也氏が試合中から後々も批判し続けたことが、そのことを象徴しています。何も考えていない「大味」の野球に見えたわけですね。野村ID野球は悪く言えば、旧来のセオリーの正しさを前提にして、それを生かすための具体的データ(投手・打者のクセに至るまで)を収集するというレベルにとどまっているように思われます。難しく表現すると、データから新理論を構想したセイバーメトリクスは帰納的、野村ID野球は逆に演繹的です。
プロ野球に比べて組織的な戦略が用いられる頻度がはるかに高い日本の高校野球においては、どうでしょうか。走者が出ればこれでもかというくらいのバントの波状攻撃で相手バッテリーを揺さぶった箕島高・尾藤監督や、報徳学園の「ツーラン・スクイズ」などは少年時代の私をわくわくさせたものですが、これらの戦術は今世紀も長く生き残れるでしょうか?逆に、甲子園をセイバーメトリクスで勝ち進むアスレチックスのような高校が本当に現れるでしょうか?興味は尽きません。
セイバーメトリクスに興味を持たれた方には、ビリー・ビーン氏の半生を描いたマイケル・ルイス著『マネー・ボール』(講談社)がオススメです。体格・身体能力いずれも超一流で、メジャーリーグのスーパースターとしての将来を約束されているかに見えたビリーは鳴かず飛ばずのまま引退、その後アスレチックスのGMとして、若い頃の自分の雄姿とはまさに月とスッポンだがセイバーメトリクスから見れば有望この上ない選手たち(太っていたり背が低かったり足が遅かったり、でも選球眼が抜群など)を次々と格安で獲得して、連勝街道をひた走るという実話です。ビリーの姿は、自らの苦い前半生にリベンジ(復讐)しているようでもあり、自分が選手としてなぜダメだったかを日々科学的に検証するというマゾヒスティックでつらい作業に耐えているようでもあります。
2000年からア・リーグ西地区で優勝4回・2位が3回と勢いのあったアスレチックスですが、ここ3年は低迷し昨年は最下位(4位)でした。セイバーメトリクスが他球団に研究され始めていることや、ビリーが発掘した選手が高値で取引されるなど人材確保がままならなくなっていることが原因と言われたりもしています。セイバーメトリクスが先鞭をつけた野球の客観的データ分析はまだ過渡期であり、特に「守備」の分析が手つかずの広大な領域として残されています。今後も新たなメトリクス(計量法)が開発されてゆくことが期待されています。
ソーシャル・キャピタルを活用した生き方を (中道實)
- 2010/02/08
- 中道實
ソーシャル・キャピタルを活用した生き方を ―奈良大学を辞すにあたり―
ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)という言葉があります。キャピタルとは、人間関係のネットワークから得られる資源(情報、アイディア、富、影響力、信頼、チャンス等)を指しています。こうした資源は、ネットワークの中に内在してキャピタルと言うように生産力をもち、その活用は価値を創造し、物事・目標を達成する「配当」を生み出します。
日本人は、元来、他者との関係の中からにんげんは生まれ出、他者とともに成長していくという「間人(かんじん)主義的価値観」をもっていると説くのは、社会心理学者・濱口恵俊(はまぐち えしゅん)です。そして濱口は、自他の相互連関を配慮し調整したうえで行動する連帯的自律性を確保した「関係体」の編成原理が日本社会の構造的特質であると言います。
少し旧いですが、1998年に、総務庁(現・総務省)青少年対策本部が、日本の中学・高校生を対象に、人が成功するために必要なことは何かを調査したところ、個人の才能と個人の努力が上位2つを占めました。この背景に、成功するか否かは個人の努力と才能次第であるという個人主義を至高価値とする、日本の若者たちの共通の意識が透かし見えます。
ところで、ソーシャル・キャピタルには、個人主義的価値は神話である、というメッセージが含まれています。努力や才能といった個人の諸属性は、周囲の人々との関係の中で発見され育成され発達するものです。
私たちは、親密な相談相手、友人・知人、あるいは同窓会、ボランティア等々の多様で異質なネットワークを複合的に形成しています。それらをつなぎネットワークを拡大することによって、ソーシャル・キャピタルは増加します。
「北へ行きたいなら南を目指せ」。まず、自分のネットワークを使って他者に貢献する、他者は期待を超える援助を返す、相互支援の精神を大事にし、他者を援助することで自分に返ってくる循環に投資する、それがソーシャル・キャピタル活性化のルールであり倫理です。
私は、これまで奈良大学の多くの学生のみなさんと出会ってきました。全国で学卒者が大量に輩出され、進路をめぐる状況が厳しい中、奈良大学の学生のみなさんに、開かれたネットワークを構築し、その「見えざる資産」を活用して、人生キャリアを発展させていってほしい、と、送別の辞を贈ります。
地域活性化とK-Pool Project (松川恭子)
- 2009/08/17
- 松川恭子
今年の3回生ゼミのメンバーと一緒に地域活性化について学ぶべく、 K-Pool Project に参加しています。家具などを手がけておられるフリーランスデザイナー、小山豊さんからお誘いを受けたのがきっかけです、
K-Pool Projectは、奈良県大和郡山市出身の小山さんが主催するプロジェクトで「金魚に学ぶクリエーション」がテーマです。
大和郡山市では、江戸時代に武士の副業として始まった金魚の養殖がこれまで盛んに行われてきました。ただし、現在は後継者不足などの問題も抱えています。
小山さんは、K-Pool Project の活動を始めるにあたって考えたことを以下のようにホームページに書いています。
「『都市でも田舎でもない小さな街はどうなっていくんだろう』そんな危機意識から始まりました。地域密着型のものづくり活動を通じて、楽しみながら地域を知り、暮らしを作る、新しいしくみが作れないだろうか。 「ひと」と「まち」と「もの」をつなぐ。金魚に想いを込めて。」
「自分の住んでいる場所、地域を身近なところから考え、実践していく。楽しく創造的な活動を積み重ねていくことが、何らかの形で地域活性化につながるのではないか」と考えてきた私は、小山さんからご提案があったとき、すぐにゼミ生と一緒に参加することを決めました。
打ち合わせの結果、K-Pool Projectが、昨年から実施している大和郡山市主催の 金魚すくい選手権大会 に合わせた展示会「K-Pool Project summer 2009」の活動の一部での参加が実現することになりました。
K-Pool Project summer 2009は、今年は大和郡山市と東京で実施されます。
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「K-Pool project summer 2009」
・奈良 大和郡山会場(タイトル:kingyo de art kingyo Installation vol.2)
日時:8.22(土)、8.23(日) 9:00~17:00
会場:大和郡山市 箱本館「紺屋」 入館料300円
主催:K-Pool project
後援:大和郡山市観光協会
協力:箱本館「紺屋」、奈良大学社会学部、道具学会
・東京 新宿会場(タイトル:Koyama Yutaka + K-Pool)
日時:8.15(土)~9.1(火) 10:30~19:00(水曜日定休)
会場:リビングデザインセンターOZONE
6F リビングデザインギャラリー 入館無料
主催:Koyama Yutaka design labo / K-pool project
後援:リビングデザインセンターOZONE
協力:箱本館「紺屋」、大和郡山市観光協会、道具学会
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以下のHPで、会場図などのより詳しい情報を閲覧できます。
K-Pool Project summer 2009のお知らせ
私たち松川ゼミは、8月23日に金魚すくい選手権の会場(大和郡山市総合運動公園)で「金魚で?お絵描き教室」をワークショップ形式で開催します。
HPでの告知を見るには ここをクリック
K-Pool summer 2009のチラシを見るには ここをクリック
ゼミでは、ワークショップの予行演習を7月7日に行うなど、準備を進めてきました。
8月23日当日のワークショップの様子、完成した作品を写真撮影した後に映像化し、東京の展示会会場(リビングデザインセンターOZONE)で上映予定です。
アートや映像を組み合わせ、地域について考えていく方法をこれからも考えていきたいと思っています。
山村文化を美しく滅ぼすか、守るために戦うか(中原洪二郎)
- 2009/08/06
- 中原洪二郎
今年も学生を連れて、奈良県吉野郡野迫川村の夏のお祭り「維盛大祭」に参加してきました。今年は8名もの学生が参加して、大変にぎやかなことになりました。
野迫川村は人口が600人ほど、高齢化率は45%以上という過疎の村です。奈良県の南西の県境に位置しており、歴史的には高野山との関係が深い場所。林業が中心の村でしたが、ご存じの通り、衰退していく日本の林業の、大きな流れの中で、野迫川の林業は大変に厳しい状況に置かれています。
現在は、凍り豆腐(高野豆腐)、アマゴ、しいたけ、わさび、ほうれんそうなどを主要な産品とした活性化を図っているのですが、どれも大変に高品質です。ぜひお試しいただきたいと思います。
さて、そんな過疎の村の夏祭りというと、村人ののど自慢や演芸大会、小さな露天がぽつぽつと並び、派手なことも盛り上がることもあまりなく、こぢんまりしたものと思われるかも知れませんが、野迫川の夏祭りはひと味違います。
まずは餅まき。ことしは残念ながら降雨のため、餅まきは中止になってしまいましたが、例年ですとこれが実にオモシロイ。まくほうも拾うほうも必死です。のんびりとまく、というよりは、人に向かって投げつけるという感じ。前日についたお餅ですから、かちかちというわけではないのですが、当たったらそれなりに痛いのではないかと。
ステージにはいろいろなパフォーマーのみなさんが上がるのですが、毎年、シンガーソングライターの河島翔馬さんとそのファミリーが歌を聴かせてくれます。翔馬さんはあの河島英伍さんの息子さんです。このステージがとても盛り上がります。今年は野迫川村の歌が入ったCDを無料で参加者に(本学の学生が)配布しましたね。
お祭り会場には地元の人たちがいろいろな露天を出すのですが、その中に一風変わった露天があります。「スロヴァキア共和国」という看板のかかったその露天には、今年は新しく着任されたスロヴァキア大使の姿がありました。そう、一国の大使が露天の店先で、大使館員と一緒にスロヴァキアの郷土料理を来場者に振る舞っているのです。野迫川「村」とスロヴァキア共和「国」の交流はひょんなことから始まって、現在は中学生が訪問したり、こうやってお祭りに露天を出したりと、いろいろ楽しいことになっています。
そして打ち上げ花火。山の中のことですので、広い平地はありません。打ち上げ場所はお祭り会場のすぐ側。しかも打ち上げ場所が会場よりも低い場所にあるので、花火の炸裂高度が通常より低くなります。結果、ほぼ直上ではじける花火の迫力と美しさといったらありません。しだれ柳のような大きな花火だと、手を伸ばせば火の粉に触れることが出来るような錯覚さえ覚える大迫力です。普通の花火が映画館なら、野迫川の花火はIMAXシアターといったところでしょうか。
3年ほど前、私が野迫川村に出入りするようになってしばらくの間、私はこの村を「いかに美しく滅ぼすか」という観点から見ていました。日本全国で多くの山村集落が滅びの危機に直面しています。人口が回復しない以上、それは回避することができません。しかし、我が国の政策は「活性化」を言うばかりで具体的な方略を見いだすことが出来ず、滅びの時は刻一刻と迫ってきています。
もし、無くなる以外に村の将来が無いのであれば、いかに幸せに、美しくその日を迎えるか、私は最初、そんな風に考えていました。
しかし、野迫川村の人に触れ、その文化を知り、お祭りの盛り上がりを見るにつけて、私の考えは大きく変わっていきました。
「文化」というものは、「単相」ではあまり意味がない、と思います。文化とは、問題解決のための方略の集大成です。「食べる」という問題を解決するために、「料理」という文化が発達します。「社会の安寧」という問題を解決するために、「大仏」が建立され、それが「文化財」として引き継がれていきます。しかしその「問題」の内容は時間によって変化していきますし、解決法もまたしかりです。「手紙」が「メール」に部分的に置き換わったりもします。
文化を「問題解決方略の集大成」と考えるのであれば、実はある文化の内部に存在する多様性こそが、その文化の「力」となります。ある解決方略が問題に対処しきれなくなったとき、新たな方略がそれに取って代わることが必要ですが、取って代わることのできる方略がなければ、その問題に対応することは出来なくなってしまいます。言い換えれば、ここ数十年、日本社会が抱えている様々な問題に対処してきた方略は「都市文化」として体系化されるものかもしれませんが、それが対処法としてベストとは言えない状況になったとき、実際にはすでにそう言えない状況だと思いますが、「農村文化」が部分的あるいは全体的に、対処法として適切な「文化」となる可能性があるのです。
つまり、「滅び行く山村文化」を「都市生活者」として「関係ないもの」と捉えることはできない、ということです。滅び行く山村文化を見過ごすことは、日本文化を滅ぼすことに手を貸しているのと同じ、さらにいえば、変化する様々な問題に対処する能力が低下していく、ということになるのではないでしょうか。私はこれを「文化的安全保障」と呼んでいるのですが、山村や農村に息づく文化を守ることは、日本文化の多様性を守ることであり、それは単に、滅びの危機に直面している市町村の問題に留まるのではなく、我が国が国として「戦略的に」対応することが不可欠なのです。
山村文化を美しく滅ぼすのではなく、泥臭く戦って守る。山村に暮らすか、都市に暮らすかの違いに関係なく、我々は守るために戦わなければいけないぎりぎりのところに来ているのではないでしょうか。どうすれば農村に、山村に、再び人々を根付かせることができるのか。それには「働く場所」の存在が不可欠です。別に、農村や山村を都市にしようというわけではありません。それでは意味がありません。農村が農村として、山村が山村として、きちんと財政的基盤を維持できるだけの産業と、それを支えることの出来る人口がいれば十分なのです。そしてそれを可能にするためには、都市生活者が消費する「モノ」に対して選択的である必要があります。自分の生活を守るためには、消費財は安い方がいい。確かにその通りです。しかし、それでも農村や山村を守るために多少高くてもそれを選択することが、とりあえず都市生活者に今すぐ出来る「戦い」かも知れません。そしてそういった小さな「戦い」がきちんと成果を上げるためには、政府が明確に道筋を示す必要があります。ある程度は「自由貿易」という名の呪いと戦う必要もあるでしょう。
それでもそれはやらないと。今の私はそんな風に考えています。
台湾斎 (芹澤知広)
- 2009/07/03
- 芹澤知広
私は今まで、ベトナム・ホーチミン市にて、華人(民族として中国系の都市住民、ベトナムでの公式名称は「ホア族」)の宗教施設の調査を断続的に行って きた。マルグリット・デュラスの小説で有名なチャイナタウン、ショロン(チョロン)を歩き回り、会館(同郷団体の事務所と民間信仰の神殿が一緒になった もの)とカトリック教会を訪れ、友人と一緒に社会主義と民族文化についてのメモを発表したのは、もう10 年以上も前のことになる。
その後、香港や日本の知人からも共同研究に誘われ、ベトナムでの共同研究者にも恵まれて、ホーチミン市やメコンデルタの諸都市の、いろいろな宗教施設を訪問する機会をもつようになった。
じつのところ私のベトナムの食文化に対する学問的興味も、ベトナムや香港、そして日本の共同研究者と出かけた調査旅行で、一緒に飲み食いをするあいだに芽生えてきたと言えるかもしれない。一緒に卓を囲み、目の前に出てくる料理の説明を聞きながら、ゆっくり食事をすることは、文字どおり私には「身につく」異文化の学びかたのように思われる。複雑な心境ではあるのだが、日によっては宗教施設の調査の成果よりも、食文化研究の調査の成果のほうが、質・量ともに多かったりもする。
ところで、私がとくに仏教寺院を選んで訪れるようになったのは、近年のことだ。福建省に祖籍をもつ人々の会館が仏教寺院と関係が深いということがあり、またベトナムの共同研究者が仏教の専門家だということもあって、仏教寺院を多く回ることになった。(詳しくは、Satohiro Serizawa, “The Fujian Chinese and the Buddhist Temples in Ho Chi Minh City, Vietnam,” Yuko Mio (ed.) Cultural Encounters between People of Chinese Origin and Local People: Case Studies from the Philippines and Vietnam, Proceedings of International Workshop, Tokyo: Research Institute for Languages and Cultures of Asia and Africa, Tokyo University of Foreign Studies, 2007, pp.65-75. を参照。)
2006年の夏にはホーチミン市を離れて、ダラットへも出かけた。ダラットは、フランスが20世紀に開発した避暑地で、ホーチミン市のお坊さんの夏安居(なつあんご)のためのような寺院も多い。去年の調査期間はちょうどお盆の季節だったので、あちこちで儀礼の後の直会(なおらい、これは日本の神道の用語)のような宴に招かれ、精進料理をご馳走になることも多かった。
あるショロンのお寺の食事に招かれた時、隣に座った居士(こじ、在家の仏弟子)が、私にある皿を指して、わざわざ、「これは『台湾斎(トイワンチャーイ)』だ」と広東語で説明してくれたのを聞いたのが、「台湾斎」ということばを聞いた始めである。「斎」とは 「ヴェジタリアン」のことで、菜食を採ることを広東語では「食斎(セクチャーイ)」という。なお、ベトナム語でも同じく「チャーイ」ということばを使う。
その時は、いかにもハムそっくりの色、かたち、匂いのするものが皿に載っていた。この食材は「台湾から来た」と言うので、この人は台湾からの輸入「素食」食品のことを、簡単に「台湾斎」と言っているのだと思い、それほど気にはしなかった。
しかし2006年の夏、引き続き仏教寺院を回っていると、複数の場所で、複数の人から「台湾斎」ということばを聞いた。このことばは、ある種の食品を指す一般名称として、少なくともホーチミン市の華人仏教寺院のなかでは共通理解をもって使われているようなの だ。
私はそのことに興味をもち、「台湾斎」について少し聞いてみることにした。ある寺で聞いた説明では、以前は台湾から輸入していたので高価なものだったが、今ではベトナムに工場もあるので安く手に入るようになったらしい。
また、別のお寺で知り合った人に、そこのお坊さんと一緒に精進料理の店に招かれた。広東語が通じる華人の店で、どちらかというと香港式の精進料理だと言う。この店を選んだ理由としては、そのお坊さんが「台湾斎」を好まないということがある。たしかに出された料理は、あっさりしていて、私が香港で食べなれている精進料理に近い。豆腐などを使った料理も、それほど無理なく素材が何かを判断できる。
私は台湾の本格的な精進料理を今まで食べたことがないので、本格的な比較ができないが、どうやら彼らに「台湾斎」として名指しされている食材や料理法は、本物の「肉」そっくりに加工・調理された食べ物のようである。日本にも「がんもどき」(「飛龍頭(ひろうす)」とも言う)と言われている、豆腐が原料の「素食」食品がある。植物性たんぱく質を使って動物性たんぱく質の食品を模倣することは、東アジアの精進料理に共通する特徴である。しかし、現在台湾で見られるその種の食品は、人々の要求とそれに応える技術の点から見て、日本、香港、ベトナムなどが到底及ばないほど、際立っているようなのだ。
今のところの私の整理では、ホーチミン市の華人がお寺や専門店で食べる精進料理のメニューには、次の3つが少なくともあるようだ。そして、これらが別々に出されるのではなく、同じテーブルに並べられることもある。
- 「安南菜(オンナムチョーイ)」、ベトナム料理の精進料理(もともとベトナム料理には多くの野菜が使われる)
- 「港式(コーンセッ)」、香港式の中華料理の精進料理
- 「台湾斎(トイワンチャーイ)」、台湾式の台湾の加工食品を使った中華料理の精進料理
その例のいくつかを以下でお目にかけよう。

写真1: ホーチミン市の華人仏教寺院における精進料理
ホーチミン市の華人仏教寺院における精進料理。手前の野菜炒めに入っているハムのようなものは「台湾斎」。右上の茶色いスープ状のものはカレーで、左側の皿に載せているフランスパンをつけて食べる(これはベトナム料理)。

写真2: ホーチミン市の華人仏教寺院における精進料理
ホーチミン市の華人仏教寺院における精進料理。左下の笹身のようなものが「台湾斎」。左上のスープは「酸湯」(シュントーン)と広東語で言われる、ベトナム料理。

写真3: ホーチミン市の華人の廟(民間信仰の神格を祀る)における精進料理
ホーチミン市の華人の廟(民間信仰の神格を祀る)における精進料理。右側に盛られた白い麺は、ビーフンではなく、ソーメンに近い。この廟を祀っている人たちは潮州人なので、福建の文化圏(広東省潮州地方は福建省に近い)で食べられている麺だろう。

写真4: ダラットの華人仏教寺院における供物
ダラットの華人仏教寺院における供物。右側のピンク色の餅は、潮州人特有のもの。中央の春巻きは、ベトナム料理の春巻き。インスタントラーメンやインスタントビーフンも、ヴェジタリアンのものが選んで供えられている。

写真5: ホーチミン市のキン族(ヴェト族、広東語では「安南人」)の仏教寺院における精進料理
ホーチミン市のキン族(ヴェト族、広東語では「安南人」)の仏教寺院における精進料理。左下のものはエビに似せてつくってある。中身は根菜類を原料とした粉で固めたような味だった。中央の皿は、海苔のような海草を揚げたもの。

写真6: ホーチミン市におけるベトナム料理の高級精進料理店の精進料理
ホーチミン市におけるベトナム料理の高級精進料理店の精進料理。中央は大きな茄子を使ったもの。右のスープは、「すっぱいスープ」。

写真7: ホーチミン市における華人の精進料理店の精進料理
ホーチミン市における華人の精進料理店の精進料理。豆腐を使ったもの。

写真8: 香港における精進料理店の精進料理
香港における精進料理店の精進料理。

写真9: ホーチミン市における精進料理の惣菜店
ホーチミン市における精進料理の惣菜店。

写真10: 香港における精進料理の惣菜店
香港における精進料理の惣菜店。

写真11: 台北における精進料理のファーストフード店の牡蠣(カキ)入りあんかけそば
台北における精進料理のファーストフード店の牡蠣(カキ)入りあんかけそば。牡蠣入りあんかけそばは、台湾の有名な料理だが、精進料理では本物のカキは用いられない。なお香港では、精進料理に本物の牡蠣が使われていることもある。
広東語では牡蠣の養殖について、「田んぼに種をまく」という表現が使われる。広東の文化圏においては、牡蠣は植物に分類されている。

写真12: あるホーチミン市の華人仏教寺院の祭日に仏壇に供えられた料理
あるホーチミン市の華人仏教寺院の祭日に仏壇に供えられた料理。にんじんを切って飾りにするのは、日本の影響かもしれない。

写真13: 上記の寺院における祭日のメニュー
上記の寺院における祭日のメニュー。おめでたい名前が付いているので、どのような料理なのかは、皿が運ばれてくるまではわからない。

写真14: 上記の寺院における祭日の料理
上記の寺院における祭日の料理。前菜はベトナム風のハム。もちろん精進料理。

写真15: 上記の寺院における祭日の料理
上記の寺院における祭日の料理。中華料理の精進料理のコースだが、ベトナム料理の揚げ春巻きも含まれている。敷かれている野菜は苦味があるが、胃腸にいいと言われていて、ベトナム料理のお粥を食べる時に、少し加熱して一緒に食べたりすることもある。
注: 本稿は、2006年に奈良大学社会学部ホームページに掲載した「ベトナム食文化メモ(1)――『台湾斎』」を改稿し、写真を追加したものである。

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