統計データを駆使した野球の新理論 (尾上正人)
- 2010/02/23
- 尾上正人
送りバントも盗塁も敬遠も厳禁!〜統計データを駆使した野球の新理論〜 (尾上正人)
今年は冬季オリンピックにW杯サッカーの年ですが、プロスポーツ観戦ではあなたは野球派ですか、それともサッカー派ですか?私は、子どもの頃にはまだJリーグが発足していなかったこともあり、基本的に野球派です。野球の、サッカーなどと違う観戦の醍醐味としては、
- チーム競技にもかかわらず、投手と打者の「1対1」の勝負が不可欠の要素になっている(サッカーでもPKという例外的な場面はありますが)
- 打撃/守備/投球、チーム/個人の豊富なデータが蓄積・公開されている
このデータ蓄積という点に関しては、サッカーでもシュート成功率やボールの支配率などがありますが、豊富さの点では野球と比べものにならないでしょう。野球においては、ゲームが攻撃・守備に分かれて比較的ゆったり進むことや、分業(打順やポジション)が明確であること、選手の動く範囲が極めて狭くて動きも規則的であること(野球は実は「汗をかかない」スポーツなのです!)などが、データの収集や蓄積を容易にしていると思われます。
さて、その野球のデータ。選手個人をとっても打者は打率・打点・本塁打・犠打数さらには勝利打点や得点圏打率等々、投手では勝敗数・防御率・セーブに球のスピード、与四死球数など数かぎりなくあって、いろいろ比較して楽しめるというのはあるのですが、いったいどれがどのくらいチームの勝敗に影響を与えているのでしょうか?また、各球団の至上命題が勝ち星を増やして負けを減らすことであるのが当然ならば、それに照らしてこれまでの選手評価の方法は妥当であると言えるのでしょうか――
1970年代、無類の野球データ好きであったビル・ジェームズという米国の若者をとりこにしたのは、例えばこのような疑問でした。彼は大学経済学部を卒業後、警備員になって深夜のビルにこもりながらメジャーリーグの膨大なデータの統計分析を行い、その成果を何冊かの自費出版で世に問いました。その結論の多くは野球界で当然とされてきた常識(いわゆるセオリー)を覆す内容でした。
球界からは長い間黙殺されたようですが、次第に賛同者が増えてゆき、またジェームズに続く優れた分析者も現れて、こうした統計データを駆使して野球の戦術や選手評価法を考え直す在野の流れは、「セイバーメトリクス」と呼ばれるようになりました(セイバーは全米野球研究協会の略、メトリクスは計量法)。そして21世紀に入るとついに、オークランド・アスレチックスのゼネラルマネージャー(GM)になったビリー・ビーン氏がこの新理論を大々的にチーム運営に取り入れて快進撃を続けたことで、セイバーメトリクスは一気に表舞台に躍り出ました。その後では、現在松坂選手の在籍するボストン・レッドソックスや、日本ではバレンタイン監督時代の千葉ロッテ、さらには岡田阪神なども、戦術・采配がこの理論の影響を受けていたと言われることがあります。
セイバーメトリクスの祖ジェームズが独創的であったのは、野球を「アウトの価値」が最も重要な意味を持つ競技ととらえたことです。サッカーやバスケなど他の主要な球技と違って「試合時間に制限が無い」という顕著な特徴を持つ野球においては、アウトを27個取れば試合は終了、逆に言えば27個取られないかぎりは負けることはありえません(雨天コールドを除く)。したがって、攻撃側からすれば「アウトを増やさない」という一見消極的な戦術が最も有効であるということになります。
ジェームズは、この「アウトの価値」という観点から、従来当然とされてきた戦術群を統計的に検証していったところ、それらを否定する意外な結論を次々と導き出すことになりました。以下、セイバーメトリクスの非常に有名になった命題のみをいくつか紹介します――
- 打者は送りバントをしてはいけない!
アウトを必ず1つ増やしてしまうから。統計的には、打たせた場合よりも走者を進める確率は高いが、アウトカウントを損してしまうため結果的に得点成功率ではヒッティングに劣ることが判明。
- 走者は盗塁をしてはいけない!
メジャーリーグの盗塁成功率は約7割だそうですが、逆に言えば失敗率が3割。アウトが増えてしかも走者がなくなる確率が30%もあるような危険な戦術はとってはいけません。
- 打順は最強打者を4番ではなく「2番」に!
ふつう、1試合の中での打席数が4番よりも多く、しかも初回は走者(1番打者)が出てから回ってくるかも。
- 投手は敬遠をしてはいけない!
アウトが取れないばかりか、走者を増やして得点される確率を増やしてしまいます。常に勝負!
- クローザー(抑えの切り札)は、同点か僅差ビハインドの7回か8回に投入すべし!
例えば2点リードしていて、敵の攻撃9回無死走者無しの状態から自軍が勝つ確率は実に9割を超えるそうです。そんな楽な状況で「大魔神」のような有能なクローザーを投入するのは非常にもったいないということです。
セイバーメトリクスは、従来の選手の評価基準にも異議を唱えてきました。
バッターの3タイトルの1つである「打点」の多い少ないは、自分の前に走者がいたかどうかという打者と関係のない偶然的な要因に左右されてしまいます。それよりも、出塁率や長打率(塁打数÷打数)の方が勝利への貢献という点では重要ではないのか?さらに、出塁率と長打率を比較したところ、「出塁率」の方が得点への貢献度が3倍も高いという分析結果も出ています。ここからセイバーメトリクスは、ヒットと同様に出塁できるフォアボールを選ぶ能力を示す「被四球数」を非常に重視します。安打数や打率はフォームの改造などの指導で上げることができるが、「選球眼」はほぼ生まれつきのものだという興味深い説も唱えられています。
投手の能力はどのように評価するか。上記の四球を与えないコントロールの良さはもちろん重要ですが、ではヒットを打たれないことは本当に大事なのでしょうか?セイバーメトリクスの一部の論者は、ホームラン以外のフェア打球は投手に責任はない、つまりただの「運」であるという驚くべき主張をしています。確かに私たちは、ヒット性の当たりが野手の正面でキャッチされてしまった時には「飛んだところが悪かった」、逆にポテンヒットに対しては「打ち取ったのに…」と悔しがったりします。バットから離れて飛んだ打球はどこに飛ぶかわからないし、アウトにできるかどうかはフェンスを越えないかぎりは投手よりも野手の守備力と「運」に依存している、と考えるわけです。
私の見るところでは、セイバーメトリクスの非常に面白いところは、データ分析を最重要視しながらもむしろその結果として、「組織野球」や「機動力野球」をおおむね否定し去った点にあります。送りバントや盗塁はご法度、フォアボールでもいいからなるべくアウトにならずに走者をためて、打者は球をよく選んで打つだけですから当然そうなります。その点で、日本で今も評価の高い「野村ID野球」とは似て非なるものです。2005年のパリーグ・プレーオフのロッテ対ソフトバンク戦において、ロッテ1点ビハインド8回無死1・2塁からバレンタイン監督がバントをさせずにあくまで打たせ続けた采配(結果オーライで勝利)に対して、野村克也氏が試合中から後々も批判し続けたことが、そのことを象徴しています。何も考えていない「大味」の野球に見えたわけですね。野村ID野球は悪く言えば、旧来のセオリーの正しさを前提にして、それを生かすための具体的データ(投手・打者のクセに至るまで)を収集するというレベルにとどまっているように思われます。難しく表現すると、データから新理論を構想したセイバーメトリクスは帰納的、野村ID野球は逆に演繹的です。
プロ野球に比べて組織的な戦略が用いられる頻度がはるかに高い日本の高校野球においては、どうでしょうか。走者が出ればこれでもかというくらいのバントの波状攻撃で相手バッテリーを揺さぶった箕島高・尾藤監督や、報徳学園の「ツーラン・スクイズ」などは少年時代の私をわくわくさせたものですが、これらの戦術は今世紀も長く生き残れるでしょうか?逆に、甲子園をセイバーメトリクスで勝ち進むアスレチックスのような高校が本当に現れるでしょうか?興味は尽きません。
セイバーメトリクスに興味を持たれた方には、ビリー・ビーン氏の半生を描いたマイケル・ルイス著『マネー・ボール』(講談社)がオススメです。体格・身体能力いずれも超一流で、メジャーリーグのスーパースターとしての将来を約束されているかに見えたビリーは鳴かず飛ばずのまま引退、その後アスレチックスのGMとして、若い頃の自分の雄姿とはまさに月とスッポンだがセイバーメトリクスから見れば有望この上ない選手たち(太っていたり背が低かったり足が遅かったり、でも選球眼が抜群など)を次々と格安で獲得して、連勝街道をひた走るという実話です。ビリーの姿は、自らの苦い前半生にリベンジ(復讐)しているようでもあり、自分が選手としてなぜダメだったかを日々科学的に検証するというマゾヒスティックでつらい作業に耐えているようでもあります。
2000年からア・リーグ西地区で優勝4回・2位が3回と勢いのあったアスレチックスですが、ここ3年は低迷し昨年は最下位(4位)でした。セイバーメトリクスが他球団に研究され始めていることや、ビリーが発掘した選手が高値で取引されるなど人材確保がままならなくなっていることが原因と言われたりもしています。セイバーメトリクスが先鞭をつけた野球の客観的データ分析はまだ過渡期であり、特に「守備」の分析が手つかずの広大な領域として残されています。今後も新たなメトリクス(計量法)が開発されてゆくことが期待されています。

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